Sep 29, 2012

No.129 被災地を訪問して

 12月26日より28日、仙台、二本松、南相馬を訪問して来ました。仙台では、東北教区センターエマオにある教団被災者支援センターの主事であるSさんを訪問し、笹屋敷での半日の「傾聴」のワークに参加。

【仙台・荒浜地区。津波に耐えて生き抜いた防風林】

その晩は、二本松の友人に15年ぶりに会い積もる話をしました。彼女は、3・11以後、有機野菜の販売を通じて、被災者支援を行っています。

 27日の昼は、先輩達と合流しました。その後、無教会の信徒で有機農業家のOさんのお話しを伺いました。原発事故以後、売れなくなってしまった野菜と米。安全性を求めて、放射能を除去する試行錯誤を繰り返して、今は、基準値以下の有機野菜を作ることが出来ているそうです。
 翌日は、二本松から飯館村を通って南相馬市の海岸の津波被災地を訪ねました。飯館村は、山間の盆地にあり、「までいの力」で村おこしの努力を30年以上続けて、とてもよいコミュテイが出来ていたのに、それが原発で壊滅してしまいました。自衛隊の車、文部科学省の車、パトカーが2台、私達の車の前を走っていてものものしい雰囲気でした。飯館村役場に数台の自衛隊の車、10台位のパトカーが駐車していましたが、村の防犯のためにパトロールをするのだそうです。人っ子ひとりいない村の中は、不気味に静まり返っていました。その光景を見てただ涙がこみあげてきました。

 山を下りて、南相馬市。海岸の津波の被災地まで行ってきました。ここは警戒区域がようやくこの4月に解除されたばかりなので、まだがれきの片付けもほとんど済んでいませんでした。私達はその地域を歩きながら被害の大きさに打ちのめされていました。お昼は教団原町教会の牧師に会って話を聞きました。避難した人、とどまっている人との間での難しい軋轢。放射能情報もきちんと提供されていない状況も報告され、幼稚園・教会運営のご苦労が偲ばれました。まだまだ何も終わっていない被災地の現状。これを覚えつつ祈りたいと思います。