No.113 <ドイツ・ドクメンタ展のこと>

ドイツでの夏期休暇で楽しみにしていたものの一つは、5年に一回開催される国際現代美術の大規模な展覧会「ドクメンタ展」でした。朝日新聞と『婦人の友』の両方にお勧めの美術評が出ていたのを読んだのです。ちなみにドクメンタとは記録のことです。ハンブルグから特急で2時間半南下したカッセル市で、行われていました。行ってみてびっくり。新宿御苑以上の広さの公園や、カッセル駅の構内、駅前の映画館など、展示会場がとにかく広い。1週間かかってもすべてを見ることはできないと聞いていましたが、納得です。私に許された時間は半日ですから、一日チケット(20ユーロ)を買って、一番手近なカッセル駅構内の展示会場を見て回りました。ビデオ作品が多かったので、これも時間がかかりました。私が見たビデオは、暴力と紛争、差別、環境破壊、平和運動といったテーマが多かったです。この会場にはそれが集められているということでしょうか。会場を見渡すと訪れる人たちが比較的年齢の高い人たちが多かったように見えました。現代美術ファンという層が厚いのかな、と思わせられました。それも、同性の二人連れが多かったのが、印象的でした。趣味を同じくする人がお互いの感想や批評を聞きながら見て回っているようでした。また、フランスやイギリス、オランダ等外国からのゲストもたくさん来ていて、インターナショナルな雰囲気でした。アートというのは、私達が普段みている現実をさらに踏み込んで別の視点から見せてくれます。私達の生きている世界の豊かさ、多様さを発見させてくれるのです。

【ビデオ・ラデイオストの一場面ー福島第一原発爆発の場面】
印象的だったのは、「ラデイオスト」(放射するもの)というイギリスのグループが作った、3・11の震災と福島の原発事故をテーマに扱ったビデオ。静かな雰囲気の中、ジャーナリスト、写真家、農民、地震研究家等のインタビューが続きます。また、津波にまさに巻き込まれようとする人々の映像や、原発が爆発する映像。原発作業員が防護服を脱ぎきしてホールボデイ・カウンターにかけられる様子等が、淡々と映されていきます。最後にクレジットが流れる時に、原発宣伝のために使われたビデオが流されます。鉄腕アトムのような子どもの声で「原発は危険って本当でしょうか?」と実に口当たりのよい言葉で、情緒的に原発は安全、平和に貢献するということを訴えてゆく、その無邪気さが、実に不気味に響きました。アートというには、かなりメッセージ性の強い作品ではありましたが、静かに心に染みてくる作品でした。